エスカレーター侍

エスカレーターを使う人は、左側は立ったままの人、右側は歩く人、という暗黙のルールを守っている。
たまにそれを知らずに右側に立っている人がいる。
そんな人も、そのことに気づくと、歩きはじめるか、左側に寄って歩く人のじゃまにならないようにする。
駅のエスカレーターは長い。
朝の通勤時や、特に電車が遅れた時は、右側に立たれると凄く迷惑になる。


今朝も、一人の作業着を着たちょっと小柄なおやじが右側に立っていた。
その後ろに、人がずらずらっとたまってきた。
後ろと横の人が、つっついてそのことに気づかせた。
なのに、おやじは全然動こうとしない。
それどころか、「わしの勝手じゃ!」みたいなことを言って知らんぷり。


たまりかねた後ろの男が、おやじとその隣に立っている人の間を強引にすり抜けて行った。
その時、ぶつかったのか、何か言ったのか、抜かれるのがよっぽど嫌なのか知らないが、おやじの顔色が変った。
でも、おやじは動かない。追いかけようとしない。


エスカレーターを降り、駅から出たところで、おやじはぶつぶつ言いながきょろきょろしていた。
さっきの男を探そうとしていたのだろう。
見つかるはずもなく、おやじはビルの中に消えていった。